2010年01月03日

ゲームエンジン・雑感

ブログで、ほぼ1ヶ月に渡り国内外のゲームエンジン情報をまとめて見ました。いかがでしたでしょうか?

最後に、ゲームエンジンに関する私なりの雑感を書いてみました。

私がゲームエンジンを調べて実感したのは、まず、想像以上にその数が多かったということです。DevMaster.Net : Enginesでは、300に近いゲームエンジンやライブラリが紹介されています。また、FPS,MMO用などゲームジャンル別にも存在するということを改めて実感しました。

国内と海外のゲームエンジンに取り組む姿勢についてですが、まず、根底にオープンかクローズかという違いが見受けられます。国内ゲームエンジンはエンジンの名称さえも非公開にしているメーカーが多く、一部の例外を除いて基本的にクローズです。それに対し、海外ゲームエンジンは、エンジンの名称からそのシステムの構造、そしてMODツールの無償提供や技術情報の論文発表および書籍化など公開に関して積極的です。

この違いには、国内と海外での「ゲームの歴史」と「市場」の違いが影響しているのではないかと思っています。

まず、海外のゲーム市場ですが、以前のゲームデザインのブログでも取り上げましたが「スペック主義」です。ゲームデザインだけではなく、そのゲームに使われているゲームエンジンの技術、性能などが、そのままゲームの「セールスポイント」となります。
これに対し、国内のゲームでは、ゲームエンジン自体がゲームの「セールスポイント」として雑誌などで取り上げられることは、あまり例がないと思います。
(例外はMT Frameworkくらいでしょうか)

二つ目に、ゲーム開発の歴史が影響しているのではないかと思っています。1970-1980年代においてアーケードゲームでは、一部のゲーム開発ではリバースエンジニアリングによって技術の吸収が可能でした。当時、リバースエンジニアリングにおける反社会的イメージは希薄であったため、実際にゲーム基板を解析し技術を吸収することによって、新しいゲームを開発することも少なくありませんでした。しかし、海賊版の出現により、ゲーム会社は大きなダメージを受けたと考え、リバースエンジニアリングによるゲーム開発から脱却します。
また、技術者の引き抜きなどに対する問題にも対応をしました。
これにより、国内ゲームメーカーのプロレベルの技術の流動は、緩やかになったのではないかと考えられます。

これは国内・海外どちらもでも同じような社会現象が起こりました。しかし、海外では、国内と同様の対処をしながらも、OSSの活用や技術者レベルのコミュニティの立ち上げなどが早期に行われました。(IGDAの前身であるCDGAは1994年に設立されていますが、IGDA日本は2002年設立でした。IGDA日本設立にご尽力いただいた皆様方々には本当に感謝しています)
また海外の会社では、転職によるキャリアアップが一般的であったために、技術の流動性が転職といっしょに社会システムの中で機能していました。

さらに、ゲーム機を支えるハードウェアの歴史にも大きく影響されています。3Dゲーム初期の頃まで、東芝、富士通、NECなどをはじめとする国内のハードウェア産業は大きな力を持っていました。
SEGA SATURNに使われているCPU「SH2」は日立が制作したものです。
一方、アメリカは「アタリショック」の経験の後に、ファミコン、スーパーファミコンとXboxの登場まで国内ハードに大きく遅れを取ることになりました。しかし、その敗北の裏で、彼らは3Dに関する地道な研究を続けており、ハードおよびソフトウェアへの実装に挑戦を続けていました。

その代表的な例として「Microsoft Flight Simulator」があります。
http://en.wikipedia.org/wiki/Microsoft_Flight_Simulator

Microsoft Flight Simulatorの1作目は1982年に発売されました。
1992年にFPSの元祖とも言える「Wolfenstein 3D」が公開されていますが、その10年前から3Dゲームのビッグタイトルとして注目されていました。それから約2年ごとに新タイトルが発売され、新しいプログラムには必ず当時の最新3D技術が搭載されていました。また、MODに相当するアドオンデータも早くから提供されており、現在の海外ゲームにおけるUGC(UCC)要素も伺えます。
そして、DOS/Vによるハードウェアさえもオープンに作ることができるプラットフォームが誕生し、強力なグラフィックや新しいゲームデバイスで遊びたいという欲求をそのまま、パソコンを自由に拡張することによって実現できるようになりました。

その頃、国内ゲーム業界では、ハードウェア・ソフトウェアともにコンシューマー業界では大勝利を収めていました。
2Dゲームで十分な利益を確保できることから、一部の企業を除いて3Dの技術研究に力を入れることは特にありませんでした。3Dゲーム初期においても状況は変わらず、研究開発は限定されたものでしかありませんでした。

しかし、海外メーカーは、その裏で3D技術を着実にモノにしていきました。まず、ハードウェア技術において、3Dビデオチップでは国内で太刀打ちできるメーカーがなくなります。そして、そのハードウェア技術が定着したころにはソフトウェア技術でも、日本は大きな遅れを取ることになりました。
特に2000年以降、MIT・CMUなど優秀な大学がゲーム業界への感心を持ち始めると、自体は急激に変化します。博士号を持った技術者がゲーム制作に直接関わるようになったのです。
近年、海外のGDCなどで行われるゲーム技術の発表では、論文ベースの技術内容が多くなってきました。

また、ハリウッドとゲーム業界の提携も活発に行われており、ハリウッドで使われた3Dモデルデータがゲームモデルに流用されることも少なくありません。


このように、ゲームエンジンは単なる技術競争というだけではなく、国レベルの社会・文化・市場に大きく影響されています。では、国内ゲームエンジンおよびゲーム開発は悲観的に見るべきなのでしょうか?
私は、そうではないと思っています。
まず、MT Frameworkをはじめ、非公開ながらも優秀なエンジンは国内にも生まれつつあります。また、ゲーム開発は非常にグローバルな産業となりました。日本と海外のメーカー提携によるゲームエンジン開発なども積極的に行われると考えられます。


現在、日本市場だけを狙ってゲームエンジンを作るには膨大なコストが掛かるため、それに見合う収益を確保することは困難です。
しかし、それは海外メーカーも同じで、Unreal Engineを作ったEPICでさえも、Unreal Engineの制作コストを自社でまかなうことが厳しくなりつつあります。

IT+PLUS 新清士のゲームスクランブル 2007/08/24
ゲームエンジン裁判(1)巨額開発費に苦しむ中堅ソフト会社
http://it.nikkei.co.jp/digital/column/gamescramble.aspx?n=MMITew000024082007


2009年、世界のゲーム市場の優位に立ったハードとしてWiiが取り上げられています。また、iPhoneやソーシャルゲームが市場にも大きな影響を与えています。最終的には「ゲームはコンテンツ」であることを物語っているのではないでしょうか。

さらに、「Toggle Engine」や「Unity」など個人でも安価で優秀なゲームエンジンが提供されはじめました。また、これらのゲームエンジンは、ブラウザでも動作します。今後、ゲームエンジンはハードウェアの次のプラットフォームになるのではないでしょうか。


これは新規性の高い独特のオリジナルコンテンツ制作を得意とする日本には、非常に有利ではないかと考えます。
現在、日本のゲーム業界については低迷ムードですが、むしろ海外のゲームエンジンなどを利用することで、さらに飛躍できるのではないかと思います。また、国内ゲームエンジンについては、国内ゲームメーカーにしか作れないジャンルのゲームシステムに特化することで、海外ゲームエンジンとの差別化を図れるのではないかと思います。

長くなりましたが、この記事を読んでいただきまして本当にありがとうございました。
また、情報提供して下さった皆様にも感謝しております。

次回からは「ゲームエンジン」から「企画」にテーマを変えて、長期に渡ってゲーム開発に役立つ情報をご紹介できればと思っています。





ゲームエンジン・目次
http://o-planning.sblo.jp/article/33857001.html

posted by 企画屋一号 at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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